『新垣隆展 サントリホール・コンサート』急遽決定! 2017年1月23日

『新垣隆展 サントリホール・コンサート』急遽決定! 2017年1月23日

◆『新垣隆展 サントリホール・コンサート』急遽決定!

来る2017年1月23日、新垣隆・新作交響曲「連祷-Litany-」世界リリースを記念し、日本が誇る世界最高峰のコンサートホール「サントリーホール」にて『新垣隆展』を開催することが急遽決定いたしました。

チケットの一般販売は11月16日からとなります。
『新垣隆展 サントリホール・コンサート』~交響曲《連祷》- Litany – 世界リリース記念~
日程:2017年1月23日(月)
時間:19:15開演(18:30開場)
出演:新垣隆 東京室内管弦楽団(他スペシャルゲスト多数)
会場:サントリーホール
料金:7,000円(全席指定・税込)
主催:ザ・カンパニー

◆ 新垣隆・新作交響曲「連祷-Litany-」2016年11月16日より世界リリース

今夏、広島国際会議場フェニックスホールで初演され、続いて東京芸術劇場、福島市音楽堂でも演奏され、好評を博した新垣隆・交響曲「連祷-Litany-」が本年11月16日より世界リリースされます。

✔クラシックの名門レーベルDeccaより世界配信。
✔ユニバーサル・ミュージックよりCDリリース。
✔交響曲「連祈-Litany-」のほかピアノ協奏曲「新生」、「流るる翠碧」も収録。
✔プロモーションビデオはこちら→<https://www.youtube.com/watch?v=Nl0d7bJElVI>
✔以下のオンラインショップで先行予約もできます。

・《ユニバーサル・ミュージック
・《amazon.co.jp

他《ローチケHMV》、《タワーレコード》でも受付中!

cover5のコピー

新垣隆・交響曲「連祷」世界配信決定。文化人・アーティストの方々からのメッセージ。

新垣隆・交響曲「連祷」世界配信決定。文化人・アーティストの方々からのメッセージ。

私は、悲しみを、のりこえようという祈りを聞いた。

世界の人に聞いてもらいたい! 

黒柳徹子

 

 

新垣さんはずるいよ。

一見、まるでキートンのようなクラウン(道化師)を演じながら、心の中ではずーっとファイテングポーズを取り続けている。一連のゴーストライター騒動からの最初の作品がヒロシマやフクシマをテーマにするなんて、まったく。なんて度胸だ!

ビートたけし

 

 

 新垣さんの曲には、どこかヨーロッパ的な響きを感じるんです。

例えて言うなら、大きな教会に降り注ぐ美しい残響の世界とでも言いましょうか。本作を聞いていると、自分が何処かの大きな教会にいる様な感覚を覚えます。 力強く美しいその響きに包まれながら、僕は今何を祈るべきかを考えてみようと思います。

新垣さん、素晴らしい作品を有り難うございます(^^)v  

 槇原敬之

 

 

 『魂の叫び』

静寂の中に奥深く大地の呼吸音だけが聞こえてくる。

そこに次々と現れる、悲しみ、絶望、暗黒・・それでも昇る太陽・・少しの希望とぬくもり・・そして未来への祈り。

新垣氏の描く旋律を1つ1つの楽器の音色が見事にその情景を映し出している。

音楽を作るうえでは手法も表現方法も全く異なるが、共通するものは“魂”。

右脳を覚醒し、“魂”を受け止めろ!!   

DJ KRUSH

 

 

弦の響きが、心の奥底の海のうねりのように美しい冒頭。

祷(いのり)のように、永遠のように溶けて行く終章。

聴き終えて我にかえり、ホーっと息をする。

希望や救済が、明るさを伴って新垣さん描く壮大な響きの随所に織り込まれている。

天空から光がそそぐようだ。

悲観も諦観もない、だから前に進まなければ。

林英哲(太鼓奏者)

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Deccaより世界配信:新垣隆・交響曲「連祷 -Litany」ユニバーサル・ミュージックより11月16日リリース決定。

Deccaより世界配信:新垣隆・交響曲「連祷 -Litany」ユニバーサル・ミュージックより11月16日リリース決定。

「私はあらためてもう一度オーケストラ曲を書かなければならないと思った。私自身の意思で、私の名に於いて」

作曲家・新垣隆の新作交響曲が完成、世界にネットワークをもつユニバーサル・ミュージックより11月16日リリースが決定した。交響曲 第1番<HIROSHIMA>から実に13年振りの交響曲となる本作品に、作曲家としての全精力を注ぎ、音楽に真摯に向き合う。今作はクラシックの世界的名門レーベル、Deccaより世界配信が決定しており、新垣隆はこの作品で新たな作曲家人生をスタートさせ、世界に羽ばたいていく。

今作Deccaからの世界配信に関してDecca担当のマネージング・ディレクター、ドクター・アレクサンダー・プールは「新垣隆の新作シンフォニーは非常に迫力があり、さらに深みがある。複雑な構成、絶え間なく変化する音色そしてとても直接的な感情の融合により、<Litany>はこの素晴らしい日本の作曲の独自な声で対話している。この音楽は私にとても強い印象を残した。皆さんにも同様に感じてもらえると嬉しい」とコメントを寄せた。

<収録予定曲>

◆交響曲《連祷 -Litany-》:新垣隆

◆ピアノ協奏曲《新生》:新垣隆

◆流るる翠碧:新垣隆

ピアノ、指揮:新垣隆

東京室内管弦楽団

録音:2016年9月15日、福島市音楽堂 (Live Recording)

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新垣隆がBBC(英国放送協会)のインタビューを受け世界発信されました。

新垣隆がBBC(英国放送協会)のインタビューを受け世界発信されました。

新垣隆がBBC(英国放送協会)のインタビューを受け、世界に配信されました。内容はゴーストライター騒動に至った経緯と、これからの活動についてです。ピアノ協奏曲「新生」の一部を流して戴き、最後に交響曲「連祷」の紹介もしていただきました。

以下をクリックしてお聴きになれない場合は、

The Man Behind Japan’s Music Scandal

以下より 「The Man Behand Japan’s Music Scandal」音声ファイル(MP3)をダウンロードしてお聴きになれます。

DownLoad MP3

 

新交響曲「連祷-Litany-」新垣隆本人による紹介文を公開いたします。

◆ 13年ぶりの交響曲「連祷-Litany-」は8月15日(月)15時~広島国際会議場にて初演されます。S席:4,000円、A席:2,000円 (U25<要証明> 1,000円)。チケットのお問い合わせは「夢番地広島」082ー249ー3571まで。

<東京初演情報> < 福島初演情報>

交響曲「連祷-Litany」・紹介

 2008年9月、『交響曲第一番』という、後に『HIROSHIMA』と題されるオーケストラ曲が広島で演奏された。それは広島出身である佐村河内守氏の依頼により私が彼のゴーストライターとして書いたものだった。2003年にスコアを渡し、報酬を受け取っていた。状況はエスカレートし、2014年、私はそれら一連の事実を公表した。多くの人々を困惑させ、振り回し、傷つけた。佐村河内氏と私は当然その責を負わねばならない。その様な事態にもかかわらず、私自身は多くの人達によって助けられた。教職を退く事に対し、多くの方が引き止めてくれた。また多くの方が作品と、それを具現化した見事な演奏を、評価して下さった。私は、その声に応えねばならないと思った。

昨年2月、東広島交響楽団の工藤茂さんとお会いした。楽団は2013年に『HIROSHIMA』を演奏して下さっていた。来る記念演奏会のために改めて私に作曲を、と工藤さんは仰った。もう一度、今度は自分の名において、そして自分の意志によって「ヒロシマ」に向かい合い、作品に取り組む事となった。「ヒロシマ」「ナガサキ」は私たち、つまり人類の共有する永遠の問題だ。原子爆弾が開発され、その地に投下された。なぜそれは起こったのか。私たちは常にその事を考え続けていかねばならない。1945年、8月15日から、やがて日本は奇跡的な復興を遂げた。その後の繁栄の中で私は生まれた。原子力は平和利用として電気を生み出すためのエネルギーとなり、私(達)はその恩恵を受けていた。そして2011年3月11日を迎えた。

「ヒロシマ」から「フクシマ」のあいだ―自分の生と関わる私にとって大事なこの時間の「記憶」を留めるためのひとつの装置として、今回の作品を構想した。果たしてそれは人々と共有出来るものに成り得るだろうか。

曲は3楽章に分かれるが、全体でひとつの大きな「ソナタ」を形成する。

【 第1楽章 】

冒頭、静かな、悲しみを湛えた祈りの旋律。作品全体の基調をなす。

その「ラメント」は自ずと様々な楽想を呼び起こす。アレグロ部においてそれらが疾走した先にこの章のもうひとつの中心となる「希望のテーマ」が現れる。幸福に満ちた旋律は、永遠に続いていってほしいと願いつつも、やがて以前の楽想が呼び戻され走馬灯の如く駆け抜けていき、飽和状態に達した時、音名による暗号、2つの地名のローマ字より取られた「H-F-Es(S)-A」がホルンセクションより提示され、この作品があるテーマを内包するものであるという事を刻む。更に楽章の最後には、戦前より活躍し、プロレタリアの立場からやがて戦争体制に協力し、その悔恨からふたたび帝国主義に抵抗する姿勢をとった作曲家、大木正夫(1901-1971)の交響曲第五番「ヒロシマ」(1953)へのオマージュを込めたシーンがある。

【 第2楽章 】

ここではまず、前の第1楽章(全体の中での序章でもある)に現れた数々のモティーフ(動機)が「動かない時間」の中で立ち現れては消えてゆく。方向性を見失いさまよう悲痛な旋律、粒子のような音の動き、土俗性を帯びたモティーフ、そして第1楽章の冒頭部で不吉な予告として現れたホルンの低音の動きが戦闘性を持った本来の姿をみせる、と言ったようなもの。それにしてもやはり時間は(実は)動かない。宙吊り状態が限界点を迎えたところで―作品全体の中間地点にあたる―《連祷-Litany-》と題された弦楽合奏によるもうひとつのラメントが現れる。作品のタイトルはこれに由来し、この部分は2014年に公開されたドキュメンタリー映画「日本と原発」に寄せた音楽からの引用である。

後、「Variation」と題されたシーンにより、音楽はようやく動きだす。軽やかな風に乗って、しかしやがてそれらはうねりを増し、金管によるファンファーレによるクライマックスを迎える。ふたたび「暗号」が今度は低音楽器によっても強調され、またふたたび音楽はある地点で淀み、この楽章の前半で現れた「粒子の音楽」が今度はひとつのチェロセクションによるハーモニクス音に置き換えられて、やがて消えてゆく。

【 第3楽章 】

フルートを中心とした管楽によるコラールから始まる。ここで突然時間軸が捻れ始め、様々なテーマが脈絡なく同時に現れ、混乱状態に陥る。ふと時間が静止する。もしかしたらこの作品の中で唯一、ある状況の音楽的描写であるかもしれない―ただそれが何であるかは言わない―。

重い沈黙から、かろうじて何とか音楽は―《Litany》の続きとして―再開する。その嘆きは1楽章冒頭への回帰となり、そのかつて一番静かだった部分が最も狂暴な貌となって―この作品では大太鼓が不穏を表すものとして大事な役割を担う―現れ、ふたたび静寂を迎える。…ただし今度は微かな希望を見出だすものとして。

静かに「連祷」のテーマは、その希望と共に紡がれ、遂にあの「希望のテーマ」をも呼び戻す。けれどもその時、実はあるベース音の上に―かつての『HIROSHIMA』と題されたものの冒頭部に―それはある。もう一度大木正夫の《運命の扉を叩く》テーマを呟く。希望か、それとも……時間は塑行し、「『HIROSHIMA』以前 」に回帰する。

新垣隆

映画「FAKE」に関する新垣隆所属事務​所の見解

森達也監督の映画「FAKE」公開によって、新垣隆所属事務所である株式会社ノイエスアコルトにも、皆さまから様々なご意見やご心配を頂いております。表現の自由が約束された私たちの社会において、映画制作をし、これを公に発表することそのものに対して、当社は何ら異議を唱えるつもりはなく、できる限り寛容でありたいと考えております。

ただし、事実と異なる劇中の虚偽や誤解を生じさせるような表現に対しては、当事者側として事実に基づく見解を述べる立場にあると認識しております。

つきましては、所属事務所(以下、当社)として、本公式ホームページにおいて下記の見解を示させて頂きます。

【1】映画「FAKE」劇中における佐村河内氏の代理人の発言について

【2】映画「FAKE」劇中における佐村河内氏の新垣隆に対する発言について

【3】映画「FAKE」劇中テロップになった事務所取材拒否の真相について

【4】映画「FAKE」映画公開後の森達也氏の発言について

【5】今後の新垣隆の活動並びに過去の佐村河内氏名義の作品の著作権に関して

 

 

【1】「FAKE」劇中における佐村河内氏の代理人の発言について

新垣隆作曲、佐村河内氏名義の一連の音楽作品の著作権に関する発言で、佐村河内氏代理人と当社では認識の異なる点が多いため、以下当社の見解を記させて頂きます。

◆ 新垣隆が作曲した佐村河内守氏名義の一連の作品の財産的な利益を保護する「著作権」において、2014年12月 佐村河内氏側の要請により、新垣隆は、新垣隆代理人を通じて佐村河内氏名義の一切のそれを放棄する旨を回答しており、財産的な利益は佐村河内氏のものと認めております。

◆ただし、新垣隆作曲、佐村河内守氏名義となっている「ヴァイオリンのためのソナチネ」「ピアノのためのレクイエム」の2作品については、共にある少女に献呈された作品であり、新垣隆が唯一の作曲者としてその名義を認めるよう佐村河内氏側に代理人を通じて要請しております。つまり、この2作品に関して新垣隆は、「著作権」は放棄しましたが、人格的な権利を保護する「著作者人格権」については、今現在も佐村河内氏側の代理人へ要請しております。

◆その後の2015年2月、佐村河内氏側は氏名義の一連の作品において、「佐村河内氏自身も『作曲』に関与した。すなわち『共同著作』であることを認めよ。もし、現在進行中のコンサート企画会社との裁判で敗訴した場合、新垣隆に対して損害賠償請求をする考えがある」との意向を、代理人を通じて伝えてきました。これに関して新垣隆側は一切回答しておりません。その必要がないからです。なぜなら、佐村河内氏は、彼自身が書いた、いわゆる「指示書」が「作曲行為」であると主張しておりますが、根本的に指示書が作曲行為であるという佐村河内氏の主張自体がとうてい認められるものではないからです。

 

映画「FAKE」劇中において、佐村河内氏側の代理人が登場し、「(新垣側から)何も回答がない。逃げている」という発言をしているシーンがあります。逃げているという認識は当社にはありません。

参考までに「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の事案「“全聾の天才作曲家” 5局7番組に関する見解」において、作曲者は誰なのか?という点については、以下の結論が既に出ておりますので、引用させていただきます。

『 佐村河内氏には交響曲を作曲する音楽的素養や能力はなかった。委員会が現在把握している資料に基づく限り、対象番組が佐村河内氏の作曲と紹介した曲のうち、実際に作曲したのは「交響組曲ライジング・サン」の一部のメロディに限られている。佐村河内氏が果たした役割は、新垣氏に楽曲のイメージや構想を指示書等で伝えるプロデューサー的なものだった。実際にメロディ、ハーモニー、リズムを作り、譜面にして曲を完成させたのは新垣氏である。』

このように、第三者機関による約1年間の調査・審理の結論があります。騒動からすでに2年以上が経過した今日、双方が代理人を通じて話し合う必要性はありません。新垣隆側が逃げ回る理由もなく、当社としては、ただ佐村河内氏側が自らの虚偽や誤解を認めないだけであるという認識でおります。

 

【2】「劇中の佐村河内氏の新垣隆に対する発言について

(1)作曲に関する発言について

映画「FAKE」劇中において、佐村河内氏が「ぼくはゴーストライター問題とは言わない。あくまで共作問題だ。」と発言するシーンがあります。しかし、氏は2014年3月20日の『週刊新潮』において「新垣氏がゴーストライターをやっている。このことは私と新垣氏だけの秘密でした」と述べていたのであり、今回の発言は、これと主張を変えています。2014年12月、前述の佐村河内氏への著作権帰属の確認を交わしたのち、氏はJASRACにその旨を伝えましたが、「本人の著作とは認められない」として契約を解除されました。それを受けての「共同著作の認定要求」と当社は認識します。

音楽の創作活動において、「指示書制作」は「作曲行為」とは見なされません。ここが「グラデーション云々」と言ってしまえば、例えば、小説における編集者と作家との関係が、「編集者も共同著作者である」という主張を容認するものとなります。また、新垣隆はBPOの聞き取り調査において「彼(佐村河内氏)との関わりの中で、はじめの数年間に携わったもの、すなわち映画音楽とゲーム音楽については、氏の制作した打ち込み音源を素材としているので、自分はアレンジャーであり佐村河内氏のクレジットで問題はない。しかし、それ以降の作品においては、私が全て“作曲”を担当しており、問題が生じる」と報告しています。

(2)聴覚に関する発言について

映画「FAKE」劇中において「新垣が嘘をつく理由がわからない。10年前には筆談していたのに。聴こえることを口止めされていたなどと言って」などの発言があります。しかし新垣隆は、18年間の佐村河内氏との関わりの中で、彼と筆談をした事は一度もありません。楽曲依頼などの打ち合わせは、一般的なごく普通の会話で行われ(もちろん手話通訳者にも一度として会ったことがありません)、何よりもこのやりとりは「音楽作品」に関わるものであったという事です。これには、 1)譜面を読む、2)音源を実際に聴く、という2つの方法しかありませんが、佐村河内氏は譜面を読む能力はありませんでしたので、従って方法は2)しかありません。

なお、氏が2014年2月21日に受けた検査の診断書について、BPOの見解からの引用を掲載しておきます。

「有毛細胞の反応を検査するDPOAE(歪成分耳音響放射:Distortion Product Oto-Acoustic Emission)では、「反応良好」となっている。40デシベル以上の場合、一般に反応は減弱または反応欠如となる。」「医学的には、現在内耳の有毛細胞の反応が良好であり、有毛細胞は再生しないことから、高度の感音難聴があったとは認められない。」

 

【3】映画「FAKE」劇中において、テロップになった「事務所取材拒否」について

映画「FAKE」劇中において、テロップ1行で、「新垣隆所属事務所が取材を拒否した」と表現されていますが、当社が森達也さんの取材を拒否した背景にはしかるべき理由がありました。その理由と経緯を以下、時系列順に説明させて頂きます。

●2015年6月30日

ショッピングモールにて開催された新垣隆著書『音楽という<真実>』のサイン会において、サインを求めるお客様の列の中から、突然ビデオカメラを片手に新垣隆に声をかけ、歩み寄ってきたのが森達也さんでした。現場スタッフも突然の出来事で驚きましたが、沢山のお客様がいらっしゃるサイン会での出来事でしたので、一般のお客様同様に対応させて頂きました。ただ、サイン会後に当社から「事前に承諾を得ていない、突撃取材であり、現場スタッフに確認なしに撮影行為に及んだことは隠し撮りに相当する」として、イベント主催者に対して森達也さんへの抗議を要請しました。しかしイベント主催者から当社に対する返答は、「あくまでも森達也さんがお客様としてサイン会の列に並ばれたので抗議はできない」とのことでしたので、当社はその日、森達也さんに対して抗議はできませんでした。

●2015年9月某日

森達也さんから当社(マネジメント担当者)の携帯電話に、新垣隆への取材要請がありました。その時、当社は森達也さんに対して、2015年6月30日の隠し撮りの行為について抗議をしました。しかし隠し撮りに対する当社の抗議は、森達也さんには受け入れられませんでした。

また、森達也さんから取材依頼の電話をいただいた時期が、新曲「ピアノ協奏曲」の締め切り日や個展(コンサート)の直前ということもあり、新垣隆本人が多忙を極めており、直近でのインタビューは難しい旨の回答をしました。森達也さんからは、「何か取材に応じられない隠し事でもあるのか?」というニュアンスの発言がありましたので、当社としては10月以降であれば取材可能な時間はあるが、まずは取材依頼の内容により検討させて頂きますとして、取材内容を文章にて提示いただくように求めました。

●2015年10月1日

森達也さんから取材依頼の文章が電子メールにて届きました。その内容は「新垣様から見た佐村河内氏像について、彼の聴力などの認識について、ゴーストライターから一転して光を浴びる新垣様について」1時間ほどインタビューを依頼したいというものでした。

●2015年10月3日

森達也さんから提示された取材内容・取材時間を当社内で検討しました結果、新垣隆側の立場では、前述のBPOの見解や著書「音楽という<真実>」において十分に明らかにされている事であり、先日の隠し撮りの件についても、森達也さんの取材姿勢に疑問を抱かざるを得ないとの判断から、取材の辞退を電子メールにて回答しました。これに対する森達也さんからの返信は、今日現在まで一切ありません。

※以下の文章は、プライバシー保護などのため原文のままではありませんが、意味内容を変えるものではありません。

「森達也様

マネジメントの立場として、頂いた森様の取材依頼書を検討させて頂きました。以下、回答とさせて頂きます。

佐村河内氏に関する新垣本人のコメントですが、すでに小学館から出版されている本人著書に記された通りであります。また新垣隆は、すでに第三者的な機関であるBPOに多くの時間を割き調査協力をし、その調査結果もまとめられております。佐村河内氏の聴覚に関しても、新垣本人からこれ以上コメントすることは何もございません。

森様が新垣のサイン会に並ばれて撮影された件に関してですが、森様は、事前にスタッフへビデオ撮影許可を取らず、お客様としてのお立場でサイン会の列にお並びになり、本人と対面するといきなりビデオカメラを回されたと現場スタッフより報告を受けました。

当社が主催(小学館)に対して、森様への抗議を依頼しましたところ、主催者側としては、サイン会にお並びになったお客様であり、一般客向けの書籍サイン会という性質上、抗議ができなかったとの返答を頂きました。つまり森様はお客様だったので抗議をする対象にはならないという回答でしたので、当方もそれに従いました。

しかしながら、アーティストの肖像権を守るマネジメントの立場としては、森様がお客様というお立場で撮影された本人の映像を当方の許可なく、今回取材依頼を頂いた映画において無断で使用されることは容認できません。その旨は何卒ご理解頂ければ幸いです。

以上の理由から、この度の森様の取材依頼は辞退させて頂きたくお願い申し上げます。」

 

【4】映画公開後の森達也さんの発言について

以下、森達也さんの発言に対して当社のコメントとさせて頂きます。

(1)森達也さんの発言その1

「彼(佐村河内氏)は譜面を書けないから、それを誰かに依頼しないといけない。本来自分で譜面を書く勉強をすればよかったとも思うけど。先日もクラシック音楽業界の人から「あの程度の分担は僕らもよくやっている」と聞きました。「自分もゴーストで作曲をやったこともあるし、巨匠と呼ばれる人は主旋律しか書かずに、全部できあがったらその人の曲になる」。」(【本と雑誌のニュースサイトリテラ】より)

 

「彼は譜面を書けないから、それを誰かに依頼しないといけない。」この言葉は「彼の頭の中にはある“音楽”が既に存在しており、あとはそれをある誰かがそのまま具現化(この場合は記譜)する」という意味に解釈できます。この森達也さんの発言は、極めて遺憾だと言わざるを得ません。「譜面は書けないが、打ち込み作業はできる。」「音源の譜面起こしを依頼しないといけない」という意味ならば、映画およびゲーム音楽の時において、佐村河内氏の依頼で、新垣隆はそのような作業を数曲やりました。しかし、その総量は演奏時間にして10分程度のものです。また、後半の「クラシック業界の人」というコメントですが、そのような形はいわば先生と弟子という関係牲、すなわち「徒弟制度」におけるものであり、 新垣隆と佐村河内氏の「”芸術としての音楽作品を具現化する能力がない”者を作曲者(芸術家)とした形」とは異なります。(【1】で述べた「交響組曲ライジング・サン」などの映画・ゲーム音楽を氏の名義としたのは、芸術作品ではない事を前提に「徒弟制度」の形式を借りたからです。)参考として作曲家、笠松泰洋さんのメッセージを引用させて頂きます。

「少なくとも、普通の(クラシックと呼ばれる分野の)作曲家は、作曲する作品については、全ての音符、全ての強弱まで自分で書きます。ある箇所をピアノにするか、ピアニシモにするか、でさえ音楽を左右する大問題で、そこが違っただけで何万もある音符全体の何かが狂って来ます。私も、プロ中のプロが演奏する弦楽四重奏曲だろうと商業演劇で1本の楽曲数が30曲もあるオケのスコアであろうと、全ての音も強弱も、自分で考えに考え抜いて作ります。忙しくて、オーケストレーションを数曲、助手に頼んだ作曲家にやってもらったことが一度だけありましたが、やっぱり、メロディも和音もバスラインまで自分で書いていたのもかかわらず、自分の音になりませんでした。強弱だけでも自分以外の人が書くと、ダメです。そういうものです。第三者に聴いてもらい、意見をもらって書き直すことはしょっちゅうあります。今は実際に演奏する前にシンセのデモで曲を聴くことが出来るので、これで曲そのものの実像はあらかた分かります。そこで自分以外の人や、委嘱者(演奏家やプロデューサー)の意見を聞いて反映することも普通にあります。オペラなら台本の人の意見や演出家の意見も重要です。しかし、音符を書くのは、その意見を自分のものとした上で音楽を考える自分です。

音楽は、社会的な活動です。聴きたい人がいて、私に音楽を作って欲しいと思う人がいて、私の曲を演奏していいという演奏家がいて、初めて成り立ちます。その中で、自分の思う音楽とは既に単なる個人のものではないと感じています。しかし、それは、私が自分の全責任において送り出す音楽のみが私が作曲した音楽だ、という前提で成り立っています。

商業的な世界や、行政的な行事で内容よりも外面的な(有名な××氏が作った)旗印が必要な時は、弟子や助手の手による作品、大御所がメロディだけ作りあとは別の人が作る楽曲が、その旗印の作曲家の作品として世に出ることはありますが、少なくとも、クラシックの音楽作品では、それはあまりありません(全くないとは言いません)。しかしそういったイベント的な音楽は、1度しか演奏されないことがほとんどです。コンサートで取り上げられ、会ったことのない演奏家にも取り上げられて演奏されていくことを念頭に置いて作曲する作曲家は、そのようなことは、まず、しないでしょう。

しかしこれは、美術の贋作の問題ととても似ています。スタイルが似ていれば、見抜けない人の方が多い。圧倒的に。また更に、演奏家の問題もあります。全く自分の作品を知らない人が、楽譜のみで私の曲を演奏した場合、私が思っていたこととはかけ離れた演奏になることがありか、それを聴いた人はそれが私の音楽だと思います。ピアノかピアニシモで悩むどころじゃないのです。

世の中には、音楽を利用して利益を得ること、栄誉を得ることを目的に活動する人も多いです。それに踊らせられる人も多い。ちゃんと訓練を積まないと、単に才能とかセンスでは達し得ないものがあります。今回の件では、最初から胡散臭いと思いましたが、佐村河内作品とされる曲をちらっと耳にした時に、一瞬でこれは別の人が作っていると分かりました。シャランやフォッシェというパリ音楽院の教授の和声テクストで勉強した人の特徴があったからです。私もそれで勉強しています。佐村河内氏の経歴から見て、これは不可能なことなのです。センスの問題ではないのです。こんなことは、全ての分野にあると思います。料理でも、手術でも、清掃の仕方、接客の仕方に至るまで。プロから見たら、この手はどこから来ているか、分かることが多いでしょう。」(以下略)

 

(2)森達也さんの発言その2

「新垣さんや神山さんの側から見れば、森は佐村河内に騙されてるとか、取材が足りない

とか、共犯だとか思われるかもしれない。視点は個人で違う。とにかくゼロかイチかにな

ることが嫌なんです。・・・嫌というか、それは正しくない。そして貧しい」(【森達也氏

インタビューより】)

 

当社は、「ゼロかイチになること」を演出しているのは佐村河内氏本人であるという認識です。「全聾のクラシック作曲家」(=「現代のベートーベン」)という「大きな虚偽の設定」による「わかりやすい感動物語」こそが「イチ」であり、また、その「イチ」も2007年に出版された佐村河内氏の自伝(佐村河内氏はこの自伝出版に際し新垣隆が加担したと主張しているようですが、新垣隆は氏からの質問に答えただけであるという認識です。)に記述された幾多の虚偽の上に成立しており、更にはメディアを利用して(BPO見解ではメディアが嘘を見抜く事は困難であったと結論しています)拡大していったものです。

ここで「イチがゼロ」となった経緯とその理由を考えてみたいと思います。

2013年以降、巨大化してしまった虚構=「イチ」は、いつでも崩壊する運命にありました。なぜなら、クラシックの楽曲は、様々な技術により音が紡がれており、当然のことながら作曲者がそれを理解していないという事は、クラシック音楽の世界ではあり得ないことです。事実、このことを指摘する専門家もいました。また、この「巨大化した虚構」により増長した佐村河内氏に服従を迫られていた被害者(=佐村河内氏が弟子としていた少女)が存在しました。被害者を救うためには、彼の暴走を止めなければいけませんでした。その手段が、新垣隆の謝罪記者会見でした。佐村河内氏の自伝で描かれた「全聾」と「クラシック作曲家」を全否定した結果が、巨大化した「イチ」が反転して「ゼロ」と(必然的に)なった帰結なのではないでしょうか。

「ゼロかイチになることは正しくない」という森達也さんの発言自体には当社も同感です。しかしながら前述のように、必然的に「ゼロかイチ」の状態に陥ったこと。また、その状態が是正されずに今日にいたった原因も、すべては佐村河内氏本人にあると当社は認識しています。

なぜなら、今もBPOが指摘している「高度の感音難聴があったとは認められない」「多くの作品において佐村河内氏はプロデューサー的な役割であり作曲はしていない」という調査結果を、佐村河内氏自身が認めた痕跡はなく、被害にあった二人の少女たちへ彼は謝罪すらしていません。つまり騒動後の佐村河内氏の態度は、なんら騒動以前と変わっていないのです。しかし、映画ではこのことについては一切触れておりません。

また、新垣隆自身も「ゼロかイチ」のままである状態を憂慮し、著書「音楽という〈真実〉」を既に出版して騒動の顛末を語っています。森達也さんが当社に新垣隆の取材を依頼された際の当社回答として、BPOの見解とともに、新垣隆の著書を参照してくださいとお願いしました。しかし映画の中で著書が使用されることは一切ありませんでした。

このような森達也さんの「視点」には、当社としては大きな戸惑いを感じます。森達也さんの言葉を使えば、「騙されている、取材が足りない、共犯である」と当社が感じてしまうことは否定できません。

 

【5】今後の新垣隆の活動並びに過去の作品の著作権に関して

新垣隆の所属事務所である当社としましては、新垣隆の個展(コンサート)を引き続き開催いたします。

近日2016年8月15日、広島国際会議場フェニックスホール、2016年9月15日、福島市音楽堂、この2つの会場にて開催される新垣隆にとって約13年ぶりとなる新作交響曲の演奏会は、彼の新たな作曲活動の礎になるものと確信しております。

また、当社は、過去の著作権(財産権)放棄の方針は変わりませんが、今まで著作者人格権(人格権)を申し入れていた、少女に献呈された「ヴァイオリンのためのソナチネ」「ピアノのためのレクイエム」の2作品のみならず、新垣隆が作曲した佐村河内守氏名義の全ての器楽作品において、新垣隆のみが著作者人格権を有する事をここに明確に主張いたします。

 

以上が、映画「FAKE」に関する新垣隆の所属事務所としての当社の見解のすべてとさせていただきます。

 

 

平成28年7月8日

株式会社ノイエスアコルト

新垣隆 交響曲『連祷-Litany-』広島・福島で発表

新垣隆 交響曲『連祷-Litany-』広島・福島で発表

作曲家 / ピアニストの新垣 隆が、ゴーストライター騒動から約2年の歳月を経て、交響曲第一番「HIROSHIMA」から約13年ぶりに新しい交響曲「連祷-Litany-」が完成。本交響曲について、8月15日(月)に広島での世界初演および、9月15日(木)に福島でのコンサートが決定しました。

これらのコンサートでは、本交響曲に加え、2016年4月27日(水)に発売された初のソロ・アルバム『新生』(BMM-0001 2,315円 + 税 / 山野楽器限定販売)に収められたピアノ協奏曲「新生」も新垣自身の独奏で演奏される予定です。

私の中では今、ある種のカオス(混沌)が手応えある重さを伴いながら 広がり始めている。気配が立ち上る。それがやがてどんな風景を私に見せてくれるのか、それはまだ私にもわからない。けれど確実に、私の中では萌芽の兆しがある。

騒動から二年が過ぎた。この間、多く人々が私を支えてくれた。そのような中で曲が生まれ、また音楽の場を皆と共有した。この時間の厚み、重さが私にとってどれだけ掛け替えのないものであるか、測り知れない。そして今、私はあらためてもう一度、オーケストラ曲を書かなければならないと思うようになった。今度は私自身の意志として、私の名に於いて―
テーマは、やはりあらためて広島、そして福島、である。 原爆投下による焦土化から奇跡的な復興を成し遂げた日本は、今度は自らの手によって原子力による惨禍を招いた。ただ私はその状況を直接描くというつもりはない。大きな悲しみ、絶望から小さな、だが確かな希望へ、というプロセスの中で、歴史的な意味を持つふたつの地名が、「暗号」として曲の構造の中に組み込まれるだろう。 そのようにして常に私達の記憶に留めておく、そのように考えている。
――作曲家・新垣 隆

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新垣 隆 / 新生

発売日:2016/04/27
※ 一部店舗では取り扱っていない場合もございます。
東広島交響楽団 結成10周年 第20回演奏会
新垣隆 交響曲「連祷-Litany-」世界初演

hhorch.seesaa.net/article/437879344.html

2016年8月15日(月)
広島国際会議場フェニックスホール
開場 14:30 / 開演 15:00
S(限定200席) 4,000円 / A 2,000円 / U25(25歳以下対象・当日身分証持参必須) 1,000円
※全席指定

[曲目]
新垣 隆:
流るる翠碧(指揮 井手口彰典)
ピアノ協奏曲「新生」(指揮 井手口彰典 / ピアノ 新垣 隆)
交響曲「連祷-Litany-」〈世界初演〉(指揮 松尾亮平)

新垣隆展2016 福島特別公演
祈りのシンフォニー 交響曲「連祷-Litany-」

2016年9月15日(木)
福島市音楽堂
開演 18:30
特別席(100席限定) 6,000円 / 一般 / 5,000円 / 高校生以下 2,500円

[曲目]
新垣 隆:
ピアノソナタ1985(ピアノ 新垣 隆)
ピアノ協奏曲「新生」(ピアノ 新垣 隆)
交響曲「連祷-Litany-」(指揮 新垣 隆)

[演奏]
新垣 隆(指揮 / p)東京室内管弦楽団

 

 

新垣隆 初のソロ・アルバム「新生」(CD)4月27日リリース

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新垣隆 初のソロ・アルバム「新生」(CD)4月27日リリース。好評発売中!

新垣隆 初のソロ・アルバムとなる「新生」(CD)を4/27にリリース致します。2015年10月に作曲し紀尾井ホールにて初演されたピアノ協奏曲「新生」、他、 ヴォーナス・トラックとして新垣隆が中学生の時の作品「ピアノソナタ1985」を収録しております。

※山野楽器限定販売の予定です。

オンラインでお求めの方はこちら

タイトル:『新生』


曲目(Time):


ピアノ協奏曲「新生」第1楽章  (8:48)
ピアノ協奏曲「新生」第2楽章  (6:14)
ピアノ協奏曲「新生」第3楽章  (4:25)
ピアノソナタ1985  (10:24)    ピアノ:新垣 隆


定価:¥2,315(本体価格)+税

発売日:16.04.27